2015年2月27日金曜日

こころはながれ動く

タオイズムの人間観は、そのベースとしてまず、
身体は流動体(リキッド)だとするところから始まります。
いわれてみれば、頷くことばかりですが、
身体の80%が水でできていて、その水や血を包むのは
薄い皮膚であり、その中を水と血が瞬時も休まず
流れ動いている
ーそれで身体を流動体だとするのは、なんの不自然さも
ないことです。
私は「そうか」と思い、
「流動する身体の中に”こころ”はあるのだから
”こころ”だって流れ動くものだ、”こころ”は身体全体を
流れ動いているものだ」
と言われてはっとしました。
そしてさらに、そこから出る新しい見解にも、
納得する心が動きました。
ー肉体は流体である。
その流体の中に心がある。「こころ」自体が流体である。
だから「こころ」が身体をコントロールしているのではなくて、
身体が「こころ」をコントロールしているのだ!
身体を流れ巡る動きは「気」なのだ。
そして「気」は肚を中心にしてめぐるのだ。
身体と心は循環的・相補的にコントロールし合うものだ。
意と志は身体を静め、整えることをするが
この「心」を静め整えるのは身体のすることだ。
この両者の、いずれが真の自己であろうか、と問う時
「こころ」と「からだ」の両方、心と身体の集合体が
自己だと呼ぶしかあるまい。

「肚 老子と私」加島祥造 より